hhcブログ2018.06.14thu2
(写真:rob-bye-319818 @unsplash.com)

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「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている」。
(ルカによる福音書10章41節)

“Martha, Martha, you are worried and bothered about so many things.”
(Luke10:41, NASB)

聖書の中でとてもよく知られている箇所の一つです。

そして、このところから「心配しなくてよい」がだんだんと「心配してはダメ」と言われるのを度々聞くことがある聖書の御言葉です。

でも、心配は「心を配る」と書くところからも、ダメなことではないのだと思います。

なぜなら、聖書でも「心を配って思いわずらっている」と、心を配った結果「思い煩ってしまっている」と言っているのではないでしょうか?

最近、私はこの箇所を読むたびに感じるのが、心配自体が間違った悪い感情ではなく、心配するにも程度がある、心配の仕方があるということを神は教えて下さっているのではないか、ということです。

正しい心の配り方、神より教わりその通りにする時、今までとは違った景色を見ることができるのではないでしょうか?

今夜も主にあって祈りつつ
そして、感謝しつつ ^^/

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*参照聖句:マタイによる福音書6章31-34節
 だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな ・・・