2026年8月16日 聖霊降臨節第十三日曜主日礼拝
礼拝前さんび練習:新聖歌288番「岩なり城なり」
メッセージ:「八つの幸(さいわ)い:まとめ」
聖書箇所:マタイによる福音書5章1~10節 新約5頁(口語訳)
説教者:髙橋勇哉牧師
司会者:水野卓兄
奏楽者:水野恵子姉
礼拝式次第
- 礼拝前賛美練習:新聖歌288番「岩なり城なり」
****** - 前奏
- 招詞:詩篇142篇1節
わたしは声を出して主に呼ばわり、声を出して主に願い求めます。 - 賛美:新聖歌18番 おお御神をほめまつれ
- 主の祈り
- 信仰告白:使徒信条
- 交読文:口語訳27 詩篇第90篇
- 祈祷
- 聖書:マタイによる福音書5章1~10節 新約5頁(口語訳)
- 賛美:新聖歌40番 ガリラヤの風かおる丘で
- 説教:「八つの幸(さいわ)い:まとめ」
- 賛美:新聖歌420番 雨を降り注ぎ
- 献金:新聖歌55番 今ささぐる
- 献金感謝祈祷
- 頌栄:新聖歌62番 天つみ民も
- 祝祷
- 後奏
聖書箇所
マタイによる福音書5章1~10節(口語訳聖書:新約5頁)
1イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。 2そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて言われた。 3「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。 4悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。 5柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。 6義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。 7あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう。 8心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。 9平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。 10義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
(日本聖書協会 Japan Bible Society 1955)
説教(メッセージ)要旨
説教(メッセージ)要旨:
聖書箇所:マタイによる福音書5章1~10節(口語訳聖書:新約5頁)
メッセージ題:「八つの幸(さいわ)い:まとめ」
メッセージ取次者:髙橋勇哉牧師
5月10日日曜礼拝から、山上の垂訓(説教)の始まりである八つの幸い(マタイによる福音書5章3~10節)を通して共に神に耳を傾けてきました。今日はその最後となります。
皆さんにとってはこの八つの幸いを通して、神はどのように語られたでしょうか。また、おもいを与えられたでしょうか。一人一人様々だと思います。私はこの期間、毎週日曜日のメッセージ(説教)を準備する中で毎日色々なことを通して、この八つの幸いは「こう言うことなのか!」と気付きが与えられ興奮する時が多くありました。
この八つの幸いは天国について教えられています。そして、この八つの幸いは一つ一つが独立しているのではなく、すべてが密接に関連し、八つで一つだという事です。しかし、八つの中で強く心に響く幸いもあれば、なんとなく、またあまり理解できない幸いもあると思います。そんな私達にすべてのカギとなるのが、イエスが通られた十字架だということを教えられました(ピリピ人への手紙2章8節)。
最近あるテレビ番組で江戸風鈴について特集していました。その中で父から受け継いだ江戸風鈴の技術について話している息子の言葉で心に残る言葉がありました。それは、「風を音にするのが風鈴」という言葉です。この言葉を聞いた時、次の二つの聖書の言葉を思い出しました。テモテへの第二の手紙4章2節「御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても」とマタイによる福音書5章14節「あなたがたは、世の光である」です。
八つの幸いのカギとなるのがイエス・キリストの十字架であるなら、毎日の生活すべてにおいてイエス・キリストを信じる者として過ごすことが大切であり、それは、どんな時にもイエス・キリストを信じる者として生きることを恥ずかしがらないということです。言葉を変えるなら、「福音がこの地上で見え、聴こえ、匂い、感じることが出来るようにするのがクリスチャン」であるという事が出来るのではないでしょうか。八つの幸いを、この地上においても自らのものとしたいと強く願い、自らのために十字架を通られたイエス・キリストを喜びとする毎日を過ごそうではありませんか。
