2026年9月6日 聖霊降臨節第十六日曜主日礼拝
礼拝前さんび練習:新聖歌288番「岩なり城なり」
メッセージ:「警戒すべきは、思い込み(先入観)」
聖書箇所:マタイによる福音書5章13~16節(口語訳聖書:新約5頁)
説教者・司会者:髙橋勇哉牧師
奏楽者:水野恵子姉
礼拝式次第
- 礼拝前賛美練習:新聖歌288番「岩なり城なり」
****** - 前奏
- 招詞:詩篇143篇5節
わたしはいにしえの日を思い出し、あなたが行われたすべての事を考え、あなたのみ手のわざを思います。 - 賛美:新聖歌288番 岩なり城なり
- 主の祈り
- 信仰告白:使徒信条
- 交読文:口語訳30 詩篇第96篇
- 祈祷
- 賛美:新聖歌46番1, 2節 わが主よ 今ここにて
- 聖餐式
- 賛美:新聖歌46番3, 4節 わが主よ 今ここにて
- 聖書:マタイによる福音書5章13~16節
- 賛美:新聖歌230番 十字架のもとぞ
- 説教:「わたしたちは地の塩、世の光です」
- 賛美:新聖歌339番 恵みの高き嶺
- 献金:新聖歌55番 今ささぐる
- 献金感謝祈祷
- 頌栄:新聖歌60番 天地こぞりて
- 祝祷
- 後奏
聖書箇所
マタイによる福音書5章13~16節(口語訳聖書:新約5頁)
13あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。 14あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。 15また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。 16そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
(日本聖書協会 Japan Bible Society 1955)
説教(メッセージ)要旨
説教(メッセージ)要旨:
聖書箇所:マタイによる福音書5章13~16節(口語訳聖書:新約5頁)
メッセージ題:「わたしたちは地の塩、世の光です」
メッセージ取次者:髙橋勇哉牧師
今日の聖書のことば、マタイによる福音書5章13~16節を通して語られている神に共に耳を傾けて行きます。
山上の垂訓(説教)にある教えはどれもよく知られているものばかりですが、この教えも他にもれずとてもよく知られている教えです。この中で、カギとなる言葉が二つあります。「地の塩」と「世の光」です。イエスは、私たちの日常生活で欠くことの出来ない、誰もがよくわかる「塩」と「光」をもちいて、クリスチャン(キリストに従う者)に託されている役目は何かがハッキリとわかるように教えています。
全ての人には個性があり、同じ人がいないようにクリスチャンとなってもそれは変わりません。神は一人一人に様々な賜物を与えて下さっています。しかし、その賜物が与えられている基本的目的は同じです。塩と光という二つの表現により、イエスは私達にクリスチャンとしていつも覚えていて欲しい役目を示しているのです。
私はこの箇所を読む時、必ず気になることがありました。光については何も気になる点はありませんでしたが、塩のききめがなくなるとは、塩に味がなくなるとはどういう事なのかという点でした。この当時、私が知っていたのは、塩化ナトリウムという科学合成物質で作られた、粒の揃ったあのさらさらな塩でした。これは塩気を失うことがないのです。しかし、イエスの時代にはもちろん、このような塩は存在せず、岩塩か海水から作られた塩のどちらかしかありませんでした。この事がわかった時、私はこの箇所の理解が一気に深まりました。
塩と光の性質、役割がわかったうえで、ぜひ注目して欲しいのが、イエスが「あなたは、~である」と断言している点です。これにより、クリスチャンであることと、地の塩、世の光であることは切り離せない、クリスチャンとしての要素であることがわかります。
光も塩も同じで、今は人工的なものが世の中で当たり前になっています。これらの人工的なものが悪いと言いたいのではなく、人工的なものには常に限界があり、その取扱いが人には非常に困難で、多くの問題が必ず起こることを忘れてはなりません。だからこそ、真の塩と光を自分と言う不完全ではあってもキリストにあって日々新たにされる自分を通して、世に示していくことが大切であると、イエスは教えて下さっているのです。
